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東京地方裁判所 平成12年(ワ)127号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金260万1,151円及びこれに対する平成12年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、訴外甲野春子(以下「破産者」という。)の破産管財人である原告が、破産者の根保証債務を担保するため被告が破産者から根質権の設定を受けたのは無償行為にあたるとして否認権を行使し、被告が右根質権の実行により取り立てた金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年1月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いがない事実

1  破産者は、平成11年8月11日、東京地方裁判所に対して破産の申立てをし、同年10月12日に破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。破産者は、訴外株式会社甲野企画(以下「甲野企画」という。)の代表取締役であるが、甲野企画もまた破産者と同日に破産宣告を受けた。

2  被告は、甲野企画に対し、平成11年6月9日、弁済期を平成11年10月7日と定めて金400万円を貸し渡した(以下「本件貸付」という。)。

3  破産者は、右同日、甲野企画の被告に対する債務を主債務として、保証限度額を400万円とする根保証契約を締結するとともに、右根保証に基づく破産者の債務を担保するため、被告に対し、破産者と訴外日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)との間の生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づき破産者が日本生命に対して有する保険金・給付金・解約返戻金及び配当金請求権(以下「解約返戻金等」という。)について、極度額を金400万円とする根質権を設定した(以下「本件根質権」という。)。

4  被告は、本件根質権に基づいて、解約返戻金等につき債権差押えの申立てをし(東京地方裁判所平成11年(ナ)第1010号)、右債権差押命令は、平成11年7月13日に破産者に、同年同月9日に日本生命に、それぞれ送達された。

5  被告は、右債権差押えの効力に基づいて本件保険契約を解約したうえ平成11年8月26日までに、日本生命から金260万1,151円の支払を受けた。

三  争点

1  争点は、本件根質権の設定が破産法72条5号に定める無償行為にあたるかである。

2  原告の主張

(一) 破産者は、平成11年8月11日に自己破産の申立てをしており、本件根質権の設定はその前6ヶ月以内にされたものである。そして、本件根質権の設定にあたり、破産者は甲野企画から保証料その他の経済的対価を得ていない。

原告は、破産法72条5号により本件根質権の設定を否認する。そうすると、被告が日本生命から受領した260万1,151円は、何ら法律上の原因がないのに破産財団の損失において被告が利得したことになる。

(二) 破産者は義務なくして被告のために本件根質権の設定をしたものであり、このような担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であっても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法72条5号にいう無償行為に当たるものと解すべきであり、いわゆる同族会社の代表者で実質的な経営者でもある者が会社のために右行為をした場合であっても、その一事をもって別異に解すべき合理的根拠はない。

(三) 被告の本件貸付にかかる借受金のうち200万円が破産者の日本生命に対する債務の弁済に充てられているとしても、本件根質権の設定により一旦増加した破産財団が減少するものであり、その際に対価の授受はない。

すなわち、本件は、破産者が直接被告から借り入れた場合ではないが、甲野企画が被告から借り入れた400万円につき破産者が連帯保証し、うち200万円を破産者の日本生命に対する借入金等の返済に充てたもので、連帯保証の法的性質からすれば自ら借り入れたものと同視できる。そして、被告は出資法の認める日賦貸金業者であり、実質年利109.5パーセントもの金利をとっているから、旧債務より新債務の方が態様においてはるかに重く、これを単なる新旧債権者の交替とみることはできず、破産者が借入れによって200万円を得た時点でその総財産は増加し、一般債権者の共同担保を構成したものといわなければならない。そうすると、破産者が右金員による弁済により得られた解約返戻金を担保提供した行為は、債権者の共同担保を価値的に処分したものであり、かつ、その際には何らの対価も受領していないから、破産法72条5号のいわゆる無償行為に該当するというべきである。

3  被告の主張

(一) 中小企業向けの融資を行うノンバンクにおいては、その会社の代表者の個人保証契約を融資条件としており、その中でも特に零細な規模に貸し付けをする被告においては、これを第一条件としている。代表者個人の保証契約なしには融資がされないのが金融実務の現状であり、このような現実を否定することは現在の金融システムに混乱を生じさせるものである。

(二) 甲野企画は、資本金1,000万円、発行株式数200株でその全てを破産者の親族が有するいわゆる同族会社であり、破産者は実質的な経営者でもある。このような場合、被告の主たる債務者である甲野企画に対する融資は同時に破産者に対する融資と評価すべきであり、また、甲野企画に対する融資は、その経営の継続を可能ならしめることにより、実質的に代表者の生計を維持するために使われたものであるから、直接経済的利益を与えたものというべきである。

(三) 破産者の連帯保証契約と本件保険契約に基づく権利についての質権の設定のいずれか一方が欠けても被告は融資をしなかったし、破産者においても、被告からの融資を目的として連帯保証及び質権設定に合意したのであるから、破産者の行為が無償行為として否認されるとすれば、被告は一方的に予想もしない損害を被る結果となる、甲野企画と破産者とは相互に密接に関連しており、一体として観察されるべきであり、別々に切り離して評価することは許されない。

(四) 甲野企画は、被告からの融資金で約束手形の決済を終えている。これは、破産者が経済的不利益を免れさせる義務を有していたからであり、万一不渡りとなれば破産者も不利益を被ることになる。破産者の保証行為は、甲野企画に対する善管注意義務ないし忠実義務を履行し、自己の出資の維持ないし増殖を図ったものであり、また、破産者は、本件貸付に基づく甲野企画の借受金の一部200万円を、破産者が負担していた日本生命に対する契約者貸付金・保険料未納金債務の一部の弁済に充てており、たとえ保証料等を取得していないとしても、自ら直接的ないし間接的に経済的利益を受けたものである。

第三  裁判所の判断

一  破産者が義務なくして他人のためにした保証若しくは抵当権設定等の担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であっても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法72条5号にいう無償行為に当たるものと解すべきであり、いわゆる同族会社の代表者で実質的な経営者でもある破産者が会社のために右行為をした場合であっても、そのことのみをもって別異に解することはできないというべきである。

したがって、破産者が同族会社である甲野企画の代表者で実質的な経営者であることを理由とする被告の主張は、その限度では理由がない。

二  もっとも、本件において、破産者が、甲野企画が被告から借り入れた400万円のうち200万円については、これを破産者の日本生命に対する借受金等の債務の弁済に充てたことは当事者間に争いがなく、右の事実からすると、破産者は本件根質権の設定の対価として経済的利益を受けたものとみる余地がある。

しかし、乙第4号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件貸付にあたり、日本生命に対する破産者の解約返戻金等に対して根質権を設定することを当初から予定していたが、平成11年6月7日現在、破産者は、本件保険契約に基づく解約返戻金(予定額)として376万9,200円、積立配当元利金として3万9,484円の合計380万8,684円の支払を受けうる状態にあったものの、他方で、日本生命の破産者に対する債権として、契約者貸付金精算額69万9,999円と保険料未納立替金精算額253万4,032円の合計323万4,031円とがあって、差引支払額は57万4,653円となるため、被告は、被告の貸付金により右の保険料未納金及び借入金の一部を返済することを融資の条件とし、現に、本件貸付の当日に被告担当者が同道して右の支払を確保し、これにより、本件保険契約に基づく解約返戻金等が257万4,653円となり、同日、右の解約返戻金等の請求債権に本件根質権が設定されたことが認められ、右の事実によれば、本件貸付にかかる借受金の一部200万円が日本生命に対する破産者の債務の支払に充てられることにより、破産者が日本生命からの相殺を免れて現実に支払を受けうる解約返戻金等の額が右の弁済金の額だけ増加するものの、この増加した額は、右解約返戻金等に対する本件根質権の設定により、右の200万円の貸主である被告が優先的に把握することとなり、これは当初から予定されていたものであって、破産者が右の金員をこれ以外の使途に利用する余地はなかったものであるから、本件貸付にかかる借受金の一部が破産者の債務の弁済に充てられたことをもって、破産者が本件根質権の設定の対価として経済的利益を得たものということはできず(破産者の債務の弁済に充てられた200万円は、被告の甲野企画に対する貸付金に対する担保価額の比率を高める意義を有するにすぎない。)、他にこれを肯定するに足りる事情は認められない。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 齋藤憲次)

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